【27歳の私が天皇について考えた③】愛子さまにすでに3度感動させられていたのだった①

日々、記事更新のことを考えていると、思いがめぐって色々とまとまらなくなってくるので、

自分の感情を整理するためにも、そもそもこのブログを立ち上げるキッカケを一回記事にしておきます。


私と愛子内親王

これまで自分の心をふりかえってみると、愛子内親王に3度感動させられている。

 

1度目は、2001年12月1日の誕生。

私は彼女のちょうど一回り上で小学6年生の12歳だった。

1999年の流産の経緯はテレビ、新聞で大きく扱われたので知っていた。

ご懐妊がわかった夜。皇太子は玄関口に姿を見せた。

苛烈なフラッシュの中で彼は静かに見守ってほしいと、感情を抑えて努めて冷静にお願いするしかなかった。

しかし、世間がそうなるはずもないことは私にもわかった。幼心にも残酷な場面だった。

フラッシュで真っ白になった皇太子が、翌日の新聞1面に大きく掲載されたことを、とてもよく覚えている。

 

そして、2001年12月1日に内親王が誕生した。

皇族の結婚・出産は80年代後半から90年代前半に集中し、

皇太子ご成婚も、内親王・女王の誕生も89年生まれの私は記憶になかった。

愛子内親王誕生は私にとって初めての皇室の慶事だ。

特に「御名を愛子と命ぜられ、敬宮と称されます」という聞きなれない重々しい言葉遣いに

奇妙にもわくわくしたことは鮮明に覚えている。

思えば、まだこのころはゴールデンタイムの全国地上波で皇室番組が放送されてた。

皇太子妃の生い立ちや昭和平成2代の婚約記者会見は子どものころテレビで見て知った。

テレビが若い世代にたいしての皇室の知名度と人気に貢献することは言うまでもないことだ。

リンク愛子さまが生まれた日―皇太子さまと雅子さま妊娠から出産までの軌跡―

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2度目は2006年11月11日の5歳目前の着袴の儀。

私はちょうど源氏物語に代表される女房装束や古代の服装史に興味を持ち始めたころだった。

まさか書物の中だけの世界と思っていたものが、テレビニュースにながれた。

高校生にとっては衝撃だった。

ほかの内親王は細長姿の写真しか公開されなかったが、小さな道中着姿を見ることができた幸運が嬉しかった。

この時はニュースを見ながら母に生意気にも「草履じゃなくて袴と共布地の靴を履くんだよ」と解説までしてしまった。

リンク感動もういちど!愛子さま着袴の儀【完全版】

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3度目は2013年10月12日の学習院初等科6年生の運動会の取材映像だった。

13日の日曜の朝、シューイチを見ていた。

競技の間に見せる笑顔にくぎ付けになってしまった。鬼かわええ。

こんなに美しい人だったんだと気が付いた瞬間でもあった。

これまでの生い立ち特集VTRも全部かわいかった。

実のところ、なんとなく好き、なんとなく気になってはいたものの、

彼女をつぶさに観察していたわけではなかった。

この笑顔を見たら、いい娘さんになったことは一目瞭然だ。

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雅子さまだけじゃなく、私もいい娘さんぶりに涙が出そう

鬼かわええ!リンク【写真特集】愛子さまリレーの選手に!学習院初等科 運動会

②へつづく・・・。

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