【写真特集】愛子さまの肉筆&エッセー

文化祭や学校文集によせられた愛子内親王の肉筆画像、作文を集めました。

 

2009年 初等科2年 学習院初等科祭展示

書写■光村図書こくご二年(上)もとかわ たつお著「サンゴの海のいきものたち」より出典

観察■「びわのスケッチ」

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週刊新潮2010年12月9日号掲載

2010年11月27日 初等科3年 学習院初等科祭展示

書写■東京書籍・新しい国語三年(下)吉原順平著「もうどう犬の訓練」より出典

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2014年3月18日初等科卒業式に合わせて発表

学習院初等科卒業文集「桜愛集」掲載 作文テーマ「思い出」

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2013年7月、静岡県沼津市で初等科の遠泳教室に参加した思い出を記した。


大きな力を与えてくれた沼津の海
敬宮愛子
不安な気持ちを抱きつつも、きっと楽しい思い出が作れると言われて出かけた沼津でしたが、初日から練習は厳しく、海に入りたくないと思う時も少なくありませんでした。ただ楽しかったのは、友達との生活と食事、お風呂でした。
しかし、足の着かない海で泳いで、初めて気持ち良いと感じる日が来ました。三日目に行ったプレ距離泳の時でした。プレの日は、波もなく、太陽が照りつける中での距離泳となりました。海に入るまでは、五百メートルも泳げる訳がないと諦めていましたが、泳いでいるうちに、体の力が抜け、楽しく泳げるようになりました。五百メートルを泳ぎ切ると、海が好きになり、海に入るのが楽しみになっていました。
迎えた本番の五日目は、潮の流れが少しあり、泳ぎにくいと感じましたが、前日に一キロ泳や二キロ泳を終えた人たちの「頑張れー」という応援の声が聞こえる度に、不思議と力が湧いてきました。無事に泳ぎ切り、みんなと喜びながら頂いた氷砂糖の甘い味は格別でした。
沼津での生活は、私に諦めないことの大切さを教えてくれ、大きな自信を与えてくれました。沼津の海は、私にとって忘れられない記念の海。六年間の中で、私がいちばん成長できたと感じられる素晴らしい思い出になっています。


女性セブン2014年4月10日号掲載

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学習院初等科卒業文集「桜愛集」掲載 作文テーマ「夢」


動物たちの大切な命
敬宮愛子
道徳の授業で、「ペットの命は誰のもの」という番組を見て、私は、年間二十七万頭以上もの犬や猫が保健所などで殺処分されている現実を知りました。動物たちにも命があるのに、なぜ殺されなければいけないのかかわいそうに思いました。
私の家では、犬を一頭と猫と二頭飼っています。みんな保護された動物です。前に飼っていた二頭の犬も保護された犬でしたが、どのペットも、可愛がって育てたらとても大切な家族の一員になりました。動物がいることで癒されたり、楽しい会話が生まれたりして、人と動物の絆は素晴らしいものだと実感しています。私が飼っている犬は、病院に入院している子供たちを訪問するボランティア活動に参加し、闘病中の子供たちにもとても喜ばれているそうです。
また、耳の不自由な人を助ける聴導犬や、体に障害のある人を助ける介助犬は、保健所に収容された、飼い主の見つからない犬たちの中から育成されて、障害のある人々の役に立つ素晴らしい仕事をしているそうです。私は、このような人と動物の絆の素晴らしさや、命の大切さを、広く伝えていかれたら良いと思います。そして、犬も猫も殺処分されない世の中の実現に向けて、たくさんの人に動物の良さが理解され、人も動物も大切にされるようになることを願っています。


 

学習院初等科卒業文集「桜愛集」掲載 作文テーマ「12歳の心」


犬や猫と暮らす楽しみ
敬宮愛子
私は、飼っている犬や猫と過ごす時が、一日の中で心が和む楽しい時間です。犬や猫は、人間と同じように、一頭一頭顔も性格も違います。この違いが、犬や猫などの動物の魅力でもあり、一緒にいることの楽しみでもあります。
今私の家には、犬が一頭と猫が二頭います。犬の由莉は、私が二年生の春に保護され、生後二か月半位で私の家に来ました。来て数日で家にも慣れ、元気よく走り回っていたことを覚えています。成犬となった今も、子犬の時と同じように、家族が帰ってくると、しっぽを振りながらおもちゃをくわえて走り回り、喜びを表現しようとしています。
猫たちは、私が三年生の春に、家の庭で生まれた子猫とその母猫です。元は野猫だったので、慣れるのに時間はかかりましたが、今ではすっかり慣れ、甘えて鳴いたり、なでると目を細めてゴロゴロ言ったりしています。
犬も猫も、誉めながら教えるとよくしつけができます。特に由莉は、出された指示に従う時には、得意そうに目を輝かせてこちらを見て、とても可愛いです。猫のミーも、「おすわり」や「お手」ができます。私は、こんな由莉や猫たちが大好きです。そして、由莉や猫たちがいるおかげで、家族の中の楽しい会話がいっそう増えるように感じます。


 

愛子内親王は保護犬・猫を育てている。人と動物にたいする愛情がはっきりとある。御用地内に迷い込んだ猫を野猫と表現した。彼女の動物に対するまなざしのやさしさ、近さを思わずにいられない。

 

週刊女性 2014年11月25日号掲載

2014年11月2日-3日 八重桜祭(文化祭)展示 女子中等科1年生

友人と作成したもの。学校のお気に入りの場所について英語で紹介する内容だった。

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女性自身2015年12月15日号掲載

2015年 学習院女子中等科高等科内で頒布

「生徒作品集」平成26年度版掲載 中等科1年の時の学校課題。ものがたり形式である。

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私は看護師の愛子。
最近ようやくこの診療所にも患者さんが多く訪れるようになり、 今日の診療も外が暗くなるまでかかった。
先生も先に帰り、私は片付けと戸締りを任されて、 一人で奥の待合室と手前の受付とを行き来していた。午後八時頃だろうか。 私は待合室のソファーでつい居眠りをしてしまった。
翌朝眩しい太陽の光で目が覚め、私は飛び起きた。
急いで片付けを済ませて家に帰ろうと扉をガラッと開けると、
思わず落っこちそうになった。 目の前には真っ青な海が果てしなく広がっていたのだ。
診療所は、一晩でどの程くらい流されたのだろうか?
いや、町が大きな海へと姿を買えてしまったのかもしれない。
助けを呼ぼうとしたが、電話もつながらない。 私は途方に暮れてしまった。あくる朝、私は誰かが扉をたたく音で目を覚ました。
扉の外には片足を怪我した真っ白なカモメが1羽、 今にも潮に流されてしまいそうになって浮かんでいた。
私はカモメを一生懸命に手当した。 その甲斐あってか、カモメは翌日元気に、
真っ青な大空へ真っ白な羽をいっぱいに広げて飛び立って行ったのであった。

 


 

2017年3月22日 中等科卒業式の日に宮内庁が公表。卒業文集に寄せた作文。テレビニュースでも大きく取り上げられた。画像を交えつつ紹介する。

世界の平和を願って 敬宮 愛子
卒業をひかえた冬の朝、急ぎ足で学校の門をくぐり、ふと空を見上げた。雲一つない澄み渡った空がそこにあった。家族に見守られ、毎日学校で学べること、友達が待っていてくれること…なんて幸せなのだろう。なんて平和なのだろう。青い空を見て、そんなことを心の中でつぶやいた。このように私の意識が大きく変わったのは、中3の5月に修学旅行で広島を訪れてからである。

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原爆ドームを目の前にした私は、突然足が動かなくなった。まるで、71年前の8月6日、その日その場に自分がいるように思えた。ドーム型の鉄骨と外壁の一部だけが今も残っている原爆ドーム。写真で見たことはあったが、ここまで悲惨な状態であることに衝撃を受けた。

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平和記念資料館には、焼け焦げた姿で亡くなっている子供が抱えていたお弁当箱熱線や放射能による人体への被害、後遺症など様々な展示があった。これが実際に起きたことなのか、と私は目を疑った。平常心で見ることはできなかった。そして、何よりも、原爆が何十万人という人の命を奪ったことに、怒りと悲しみを覚えた。命が助かっても、家族を失い、支えてくれる人も失い、生きていく希望も失い、人々はどのような気持ちで毎日を過ごしていたのだろうか。私には想像もつかなかった。
最初に71年前の8月6日に自分がいるように思えたのは、被害にあった人々の苦しみ、無念さが伝わってきたからに違いない。これは、本当に原爆が落ちた場所を実際に見なければ感じることのできない貴重な体験であった。


その2週間後、アメリカのオバマ大統領も広島を訪問され、「共に、平和を広め、核兵器のない世界を追求する勇気を持とう」と説いた。

オバマ大統領は、自らの手で折った2羽の折り鶴に、その思いを込めて、平和記念資料館にそっと置いていかれたそうだ。私たちも皆で折ってつなげた千羽鶴を手向けた。私たちの千羽鶴の他、この地を訪れた多くの人々が捧げた千羽鶴、世界中から届けられた千羽鶴、沢山の折り鶴を見たときに、皆の思いは一つであることに改めて気づかされた。
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平和記念公園の中で、ずっと燃え続けている「平和の灯(ともしび)」。これには、核兵器が地球上から姿を消す日まで燃やし続けようという願いが込められている。この灯は、平和のシンボルとして様々な行事で採火されている。

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原爆死没者慰霊碑の前に立ったとき、平和の灯の向こうに原爆ドームが見えた。間近で見た悲惨な原爆ドームとは違って、皆の深い願いや思いがアーチの中に包まれ、原爆ドームが守られているように思われた。「平和とは何か」ということを考える原点がここにあった。
平和を願わない人はいない。だから、私たちは度々「平和」「平和」と口に出して言う。しかし、世界の平和の実現は容易ではない。今でも世界の各地で紛争に苦しむ人々が大勢いる。では、どうやって平和を実現したらよいのだろうか。
何気なく見た青い空。しかし、空が青いのは当たり前ではない。毎日不自由なく生活ができること、争いごとなく安心して暮らせることも、当たり前だと思ってはいけない。なぜなら、戦時中の人々は、それが当たり前にできなかったのだから。日常の生活の一つひとつ、他の人からの親切一つひとつに感謝し、他の人を思いやるところから「平和」は始まるのではないだろうか。
そして、唯一の被爆国に生まれた私たち日本人は、自分の目で見て、感じたことを世界に広く発信していく必要があると思う。「平和」は、人任せにするのではなく、一人ひとりの思いや責任ある行動で築きあげていくものだから。
「平和」についてさらに考えを深めたいときには、また広島を訪れたい。きっと答えの手がかりが何か見つかるだろう。そして、いつか、そう遠くない将来に、核兵器のない世の中が実現し、広島の「平和の灯」の灯が消されることを心から願っている。



若い世代の一人である愛子内親王が、平和と核兵器廃絶の願いを記したことに、未来への希望を持つとともに、惜しみない感謝を送りたい。

 

広島平和記念資料館の来館者数は4年連続で増えていて、2016年度の来館者は過去最多となったそうです。ウェブサイトで展示を公開しているのでぜひご覧ください。

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